第一回「牛久市都市計画」

 

※これは数年前「都市地理学概論?(講義名うろおぼえ)」のレポート用に

適当に書いたものです。信じちゃだめですよ!

 

上野駅から常磐線で約一時間、およそ50Kmの地点に茨城県牛久市がある。

隣には世界的に有名な都市計画でできた筑波研究学園都市が広がっているが、

牛久市は筑波とはまた違った都市景観が広がっている。

 昔牛久市は牛久城というものがあり、その城下町であり、また宿場町でも

あった。日本橋から仙台までいたる国道6号線もあり、田舎なりに栄えていた

が常磐線が開通し、昭和30年代に始まった宅地開発のおかげで人口増加の流

れがつづいた。

 第二次世界大戦後に各地で行われたマニュアル化された公定都市計画に倣っ

て牛久市はどこにでもあるような市を作っていった。しかし、急成長のためか

昔からの道などを残したかったからか、中途半端な都市計画をしたので無理やり

つなげたような道が多かったりして住む人にとっては不便な場所も少なくない。

 

 講義の内容に即して牛久市を見ていくとこの市が「田園都市」なのか「郊外住

宅地なのか迷う。牛久市自身は「田園都市」をうたっているが、住民の私にとっ

ては到底「都市」なんて呼べるほど栄えていないし、田園都市の理念のひとつで

ある「自給自足の自己完結的なコミュニティ」は牛久市に欠けていると思う。こ

この市民の多くは昭和50年代から今に至るまで東京通勤の中堅サラリーマン中

心であり、服や高級品は東京まで買い物に行く人が多い。日用品は休日ドライブ

がてらに近くの土浦市、つくば市、取手市、成田市の大型ショッピングセンターや

モールまで車で買出しに行く人が多い。その結果牛久市や隣町の竜ヶ崎市にある

商店街は店を次々に閉め、ゴーストタウン化している。大型チェーン店などもし

ばしばつぶれて違う店に代わっている。消費が近所の都市にくらべて少ないと思

う。牛久市は「寝に帰るだけの場所、ベッドタウン」と思っているサラリーマン

が多くなっているのだろう。

 

しかし、3年前に牛久市の北に2つ目の駅「ひたちの牛久駅」が開通してからニュ

ータウン計画が進んでいる。以前の計画よりはきちんとしているようで道なども分

かりやすく整備されている。ただ、やはりマニュアル化されている計画なのであり

きたりのニュータウン計画は面白みに欠けている。

 

 

この他牛久市は観光に重点を置いている市だ。明治時代の日本一古いワインの製

造所が城(シャトー)として現存していて、そのほか牛久大仏というギネスブッ

クにも載った日本一高い大仏が有名である。

  観光都市として、もっと整備をすれば外からの収入が増え、それに伴う雇用も

増えるであろう。これからの高齢化の時代、定年を迎え、旅行者が増えるだろうと

私は予想する。しかし整備には賭けが必要だ。ポティロンの森(江戸崎:ウインナ

ーが美味)や、ワープステーション江戸(伊奈:間宮林蔵最中や皇帝大福など、ユ

ニークなネームのお土産が充実している。しかし!!買う人が少ないため賞味期限

切れている品も並べられているため注意が必要だ)などのように赤字経営になりか

ねない。大変なことにならないように、慎重に計画を練ることが大切だ。