今日でしばしローマとお別れ
初めてのイタリア国鉄に乗った
2等の各駅にしては質がよく、
フレッシュひたちをあと5年も古くしたような感じだった(茨城人にしか分からないネタ・・・)
常磐各駅もこんな椅子にして欲しかったよ
ローマからしばらく乗ると
だんだん田園風景が現れてくる
イングランドのようななだらかな丘陵地帯の一面に
ブドウの木々が植えてある。それがきれいだった

一時間ちょっと乗ったところのオルヴィーエットで
いったん降りてみた
メディチ家のクレメンスが作らせた井戸に行ってみたかったからだ
しかし、運悪くこの日に限って荷物預かりがやっていなかった。コインロッカーもない
おおきなバックパックを背負って井戸には入れない
しょうがないから次の電車が来る2時間の間
街並みを散策することにした
街並みといっても駅から離れている
駅前のケーブルカーに昇って
約10分くらいで着く。そこからバス乗って10分
ドゥオモの前でおろしてくれる
・・・とにかくここのドゥオモはかわいかった
表面の古い壁画が田舎の教会の魅力を引き立てている
内部は工事をしていて見ることができなかったけれど
こんどまた行ってみたい
そして、ここから始まる街並みはやっぱりかわいかった。
いろいろな皿、壁掛け、お土産がずらーと並んでいて
土産も大都市のそれとは大きく違っていた

あっという間に2時間
今度はフィレンツェ行きが来たので乗り込む
トンネルを抜けると急に都会的な街並みが広がる
マンション群があってPACE「平和」の旗を掲げている
その瞬間分かった「フィレンツェに着いた!」
思ったとおり電車が止まるとフィレンツェSMN駅
フィレンツェ・・・4年ぶりだ
この街の街観もうろおぼえだったけれど
いざ行ってみると記憶とは大きく食い違っていた
記憶って怖い。いかに美化されていたか気づいた

花の聖母教会はどこからも見えるような
大きな物だと思っていたけれどそうでもない。
記憶よりクーポラの色もずっと濃い赤褐色だった
教会内も至ってシンプルだったし、暗かった
日本人が何よりもウザかった
信者が祈るための椅子に腰掛け
ガイドブックを読んでいるその根性が信じられない
ダンテの絵の前でピースして写真をとるのもやめてほしい

そういえばこの教会に入って
4年前ガイドが言っていた話を思い出した
ここには年代物の時計がある
毎日時計をあわせているおじいちゃんがいる
あわせ方が難しく、彼以外できないので
彼が死んでしまったらこの時計を直す人も動かす人もいなくなるらしい
時計を見る。私の時計と比べる
・・・私のは4時半、教会の時計は夜中を指しているみたいだ。

ああ、彼はおそらく亡くなったか、ここに来ることができなくなったのだ
・・・4年という時の流れを感じた

こうやってこの街は着実に古びていく
使えない時計はやがて壊されていくだろう
信仰を失った教会もいつかは壊されていくだろう
イタリア人が言っていた
新しく物を作ることは簡単だ
だが、壊れたのものを直すことは想像以上に難しい


日本人は大戦後、壊された以前の文化を多く捨てた
イタリア人はそうなってほしくない
とちらがおろかなことか判断はできないとしても。

教会を出ると日が沈みつつある
ふらふら歩いていたらいつのまにか
ポンテヴェッキオ橋の上にいた
橋の上に並ぶ金銀売りの店はとてもきれいだ
アルノ河の緩やかな流れ。冷たい、冷たいこの河に

サヴォナローラは絞殺され、焼かれ、そして撒かれた。

宗教者として、国家、教会の腐敗を叫び、

権力者によってしずめられ、歴史から葬り去られた。

彼の目指した宗教国家の夢も儚くも消えた

 

そして私はその上を見上げた
・・・ヴァザーリの回廊があるからだ
一生に一度でいいから回廊に入ってみたい
果たして橋を渡る観光客の中にこの回廊の価値を知る人は何人いるだろうか。

フィレンツェ市民からのテロを恐れ
橋の上に回廊を作り宮殿と事務所をつないだ
メディチ家
彼らは回廊から下を見て何を思ったのだろう
下にいた市民らはこの回廊をどう見ていたのだろうか
・・・考えているうちに日が暮れた